Yanagi_masaikiblog

好きなものを好きなだけ語るのだ

「いいひと」戦略―5―

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福島の放射性物質の汚染土をどうするか問題は、amazarasiの都会は田舎をゴミ箱だと思っているという詩にも書いてあったな。

 

国の問題なんだから、国が解決してもらわなきゃ困ると言っても、自分たちに不利益になると分かっていることに対して、前向きになれない官僚たちが、対処できるはずもない。

 

論を固めに来たな。

 

有能な人はその有能さから、何が自分に利益があって、何が自分に不利益を被るのかを分かる頭の良さを持っているから、損しかない福島原発の後処理は、遅々として進まない理屈は分かった。

 

有能な中にも英雄は生まれないんだろう。

 

あれだけ英雄小説が世に出ているのに、実際は英雄的行動をした人は少数に留まる。

 

まぁ、頭のいい人は英雄小説なんて読まないんだろうけど。現実は厳しいというところか。

 

でも、全く別の生き物とシャットアウトしてしまうと、理解は遠くなってしまう。

 

(官僚のような)頭のいい人たちが何を考えているのかを知ろうと思う気持ちは大切にした方が良いと思う。

 

まぁでも除染作業をしない人が頭が良くて、除染作業を進んでやる(やらなきゃいけないと思った)人が頭が悪いわけではない。

 

自分たちがそれをやらなきゃ平気でいられない人が、言ってしまえば英雄的な行動を皆で起こすことが出来るんだろう。

 

自己啓発本もオワコンとは、ならこの本は一体なんだ(笑)

 

(多分自己啓発本ではなく、こういうことが事実としてありますよと言いたいだけなんだろう)

 

健康の為にサプリを飲んでる感覚で自己啓発本を読んでいるとはっ。

 

確かに心の健康を保つために、今日はこの本を読んで努力したぞって思うのは大切かも知れない。

 

  • 金持ちになる。2.頭が良くなる。3.情報通になる。4.有名になる。まさにその通りで自己啓発本を読んでいる。

 

実際、そんなことが読んだだけで叶うなら誰も苦労してないんだよなぁ。しかし、読むのが意味ないと分かっていても、自己啓発本の私今勉強しています感は強いんだ。

 

ばかなの?死ぬの?(笑)

 

田舎じゃ車は手放せないんですよ(泣)まぁ、今はバイクにしたい気満々だけど。

 

平均年収300万の時代に200万そこらする車+維持費を考えたら、昔は持っているのがステータスだったかもしれないけど、必要がなければ買わないという選択肢もあり得るよな。

 

ん~論が極端なんだよなぁ。

 

まぁ年収1000万以上ないと嫌と言っている女子(?)が多い中、金持ち≠いい女と付き合ってる、というのは納得してしまうが。

 

金が全てだよと言っている嫌な女は、金を持っている卑しい金持ちと付き合ってくれるなら、いい女が余ってこっちは助かるが、そういう話ではないよね。

 

その分、イケメンは得だよなぁ。ナチュラルでニュートラルの状態で評価を得ているし。

 

イケメンが恐いのは老いなのかな?まぁイケメンじゃなくなることだよな。イケメンであるだけであれだけ恩恵を得ているんだから。

 

しかし、金銭面がしっかりしていない男を好きになってくれる女がいるか?

 

公には優しさだの誠実さだのが重視していると言っても、それは最低限の収入があるからじゃないのか?

 

そっち方面のデータとかエピソードが欲しいわ。

 

まぁ、その辺言及しても傷の舐め合いになるんだろうけどさ。

 

テレビがもう憧れの対象でなく、体験というネタになっているというのは、テレビは凄い、芸能人は凄いと言っている奴らに(そう思ってみている奴等にも)突きつけたい事実だな。

 

でも、岡田斗司夫の言う神々の世界とそれを見ている民衆とに分かれる時代がやってくると云った時に、今の芸能人が全て神々になれるわけではないだろうが、大半を占めるのが有名である芸能人になってくるんじゃないのか?

 

YouTubeでもどんどん芸能人が進出していることだし、やっぱり有名になるのには壁があって、そこを乗り越えられる人しか、恩恵を得られないシステムにはなっていると思う。

 

一人でフランス料理を食べに行っても、そりゃぁ寂しく惨めになるだけだよな。

 

そういうリスクを避けるためにも、テレビとか動画とかで疑似体験して済ませる、って感覚なのか。

 

美味しそうと思っても最早、自分がそれを食べたいとは思わなくなってきているってことか。

 

よって金持ちはオワコンってことか。

 

やばいなぁ。ひろゆきみたいにそういうデータあるんですか?と思ってしまって、頭がいい人が幸せとは限らないというエピソードが、頭に入っていかない。面白くはあるんだけど。

 

会話はノックし合うから成立するか。確かになって僕は何回この本を読んで確かになって言うんだ(笑)いい具合に洗脳されてるなぁ。

 

自分の論を固めるために近しい本を読むのと、漠然と読んでみて自分の正しさと一致する本を読んでいくこととどっちが有益な読書何だろう。

 

哲学的なことを考えたり、この本を読んでいたりするのは頭が良いからなのか。今までの生活で自分の頭が良かったなんて自覚はないな。

 

頭が悪い人に比べて、頭のいい人の方が何でも多角的に考えてしまって、余計な粗まで見えてしまうというのは分かる気がする。

 

(自分より)頭の悪い人を見ると、どうしてそこをもっと要領よくやれないかなぁ!と苛立ってしまうが、頭が悪い人は一つ一つの物事に一生懸命というなら、僕のように粗がどうのとは発想もしないんだろう。

 

そういう人を見ると、こういう考え方があるんだよ、って教えたくなるし、僕みたいな考え方があるんだと教えることで、その人の頭を良くしてあげたいと思ってしまう。

 

自分と対等だと感じた人間に対しては、そういう思いやり(?)がはたらく。

 

そうでないといけないという使命感すら感じてしまう。

 

そういう(利己的でも良いから)助言を言ってくれる人は今まで会ってこなかったな。自分が良い人じゃなかったから巡り合ってこなかったのだろうか。