柳 真佐域ブログ

好きなものを好きなだけ語るのだ

「いいひと」戦略ー7ー

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Amazon「いいひと」戦略

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ビジネスセンスの攻撃力も防御力も低いなぁ。

 

投資なんておっかなくて出来ないし、一円でも安いものを血眼になって探すより、一番身近な手段で手軽に買えるものを買ってしまっている。
 
ビジネスセンスにおける攻撃力と防御力は武道か。鍛えるべくして鍛えるものなのか。

 

強くなることで良し悪しが分かるセンスを磨いていくのか。
 
お、また歴史のお勉強か。農作物を守るための、攻撃力と防御力を兼ね備えた武士団の形成ね。なるほど。
 
それが近代になると、法があって身の危険はなくなったけど、今度はお金を狙うヤツはでるわけか。こういう仕組みの話は面白いな。
 
そこでお金を稼ぐ攻撃力とお金を守る(払わない)防御力に変換されるのか。
 
大家族の姑が家長である父親をたてていたから父親は威厳を保てたわけね。

 

そりゃぁヒエラルキートップにいる者同士が高めあってるんだから、地位が築かれていたのか。
 
男女平等を掲げているのに男がしっかりしていないとは何なんだと思うが、男女雇用機会均等法を成立させたのが、国であり男であるなら、責任を感じるが、

 

それに加えて女性が男女差別を声高に叫ぶ度に、だったら昔の方が良かったのかと言いたくなる。
 
おてつだいネットワークなんてものが運用されているのか。でもやっぱり都会じゃないとダメか。
 
元々評価の低い人はやっぱり嫌味に耐えないといけないのか。評価がもと見える化出来てたら頑張りたいとも思うんだが。
 
新卒で登録すると評価が平均値とかだったら新参でも雇ってもらえる可能性が上がるんだが。
 
障碍者の僕は入っては辞め入っては辞めしてるから評価にしたら底辺なんだろうな。
 
しかし、僕は自分自身、の力はあるほうだと思うが、それで職場で長続きできるかと言われればそうではない。
 
もっと自分が見下してる人の方が問題なくやれている事実があるし、能力と評価は違うのかも。
 
勉強が出来るということは点数が取れること。点数が数値化しているから、その人の努力が数値化されている。

 

だから名門校は評価が高い。その理屈は今になってわかる。遅かったなぁ。
 
でも、学生時代に岡田斗司夫の本を読んでいたら、変人扱いされただろう。
 
それでもホリエモンの本を読み続けていた荒川くんは偉かったんだな。
 
映像研の金森じゃないけど、学校でビジネスを教えるのは必要だと思う。
 
お茶を出したり電話を掛けたり大人と接することが多い方が、大人のルールを学んで、その後の人生スムーズに仕事が出来ると思う。
 
子供は子供のまま純粋でいて欲しいという大人の幻想が、学校を卒業して、明日から大人ですよという若者たちを苦しめている気がする。
 
ビジネスを教えるのは大学になってからなのかな。
 
子供のうちからどういうことをすれば気に入って貰えたり、

 

どういうことがミスに繋がったりするのかを学ぶことで、要領よく生きられると思うが、それを学ばれたら大人が不利になるのだろうか。
 
それともそこからの失敗も混みで学びだから教えないでいる(教えることが出来ない)のだろうか。
 
岩波書店は縁故入社だけだってニュースかなにかで有名になったな。
 
どこの誰だかも全く知らない履歴書の情報だけで判断する新人を入れるより、
 
社員の見立てで人柄を把握することで入社させるのは、能力は突出は望めなくても、
 
信用の部分ではある程度、安心できる物件なのかもしれないが、
 
会社としては新陳代謝がある方が馴れ合いにならずにいいのではないかと思ってしまう。
 
こう言っている事柄によって立場を変えて反論するのは、あんまりよくないな。
 
盲信するよりかは冷静かもしれないが、現状自分に関わりのない方向から見るのは、単に逃げていると言える。
 
どれだけ自分と関係しているかを読む方が、読書としては正しい気がする。
 
面接の時に、あなたのこれまでの評価リストを見せて、なんて言われたらますます僕みたいな障碍者は働けなくなる。
 
というかむしろいっそのこと評価の高い人しか働けないようなシステムにして、

 

評価の低い人は、ベーシックインカムで定額収入を得て、最低限の暮らしをさせる世の中になって欲しい。
 
評価差別だ!と言っても通用するんだろうか。
 
評価はその人がやって来た努力の証明でもあるし、絶対にひっくり返せないものではない。
 
だからこそ、現実を突きつけられて悲惨な目に逢うんだろうが。
 
現に評価の高い人を優遇することで明確な格差が生まれている。
 
評価経済社会は争いや勝者敗者がない楽園というには程遠いのか。
 
誰もが評価を稼ぐことに躍起になっている、今よりも荒んだ優劣が明確にされる世の中なんだなぁ。
 
ブログ始めていて良かったかも知れない。今のうちに少しでも評価を稼いで置かなければ。
 
ローテクなおかんでさえ食べログの評価は気にしてるよなぁ。

 

そういう風に自然と評価で物事を決めるのが常識として浸透していっているんだろうか。
 
今コロナで経済が崩壊して、全国民に10万円払っても尚、経済が回復せず、

 

ベーシックインカムが発令されないかと考えるが、望み薄な気がする。
 
ベーシックインカムは安定した社会のその先にあるものだろうし、不安定な情勢ではなり得ないと思う。
 
どんな世の中になっても生きづらいのは変わらないか。だからこそ戦略をたてるという前提がなり得るのか。