聖地巡礼 『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』
外にも出られないし、過去に行った聖地巡礼の写真を挙げる。
今回の巡礼はアラサーはみんな大好き『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』です!
思えば、我等ラクタリウスインディゴの歴史はここから始まったと言っても過言ではない。
アニメ好きが功を奏して、所謂「聖地アニメ」の走りである『あの花』はまさに僕らの青春を形どったアニメだった。
少年少女時代に、仲の良かった6人グループ『超平和バスターズ』の中の一人、めんまが川で溺れて死んでしまったことから、得も言われぬ罪悪感を背負った5人は、
高校生となり、かつての思い出は胸に棘となって残っていたが、それを癒す方法は知らなかった。
そんな中、超平和バスターズのリーダーだったじんたんの元に、成長した姿のめんまの幽霊が現れた。
そんな彼女の心残りを晴らすため、彼女を成仏させ、青春を取り戻す物語が始まる。
あの花は、ノケモン「オパール」や「ですよ」など、アラサーホイホイのワードが多数用いられ、空前絶後の大ヒットを飛ばした人気アニメだ。
アニメの一話を見て、じんたんにブスと言われ、笑っためんまの表情を見た瞬間に、これは神アニメキタ―――――!!!と画面の前で叫び、
放送が終わらないうちに、リョウ君とモリワキと集まって、聖地巡礼の計画を立てたのを覚えている。
あの頃は若かった。若すぎて無茶をし過ぎた。
聖地をしゃぶりつくすために、じんたんが幽霊のめんまが川べりにいて、またいなくなってしまうんじゃないかってシーンの斜面を転がって、
川に落ちたとこがどんなとこか知りたくて、木を伝い伝いに斜面を降りて川に降りたこともあったっけな。
今では聖地アニメはなかなか作るのが難しいのか、年に数本やれば良い方になってしまって、かつて巡礼に精を出していた者としては寂しい限りだが、
あの時だからこそできたことを、人生の一番良い時に堪能できてよかったと思っている。
アニメの世界が現実に存在する場所でやっている聖地アニメは、爆発的な人気を誇るものが多く、そうでなくても、全国を旅する口実が出来て、本当に楽しかった。
アニメ好きの仲良しグループで結成した『ラクタリウスインディゴ』だったが、今はその鳴りを潜め、メンバーも分裂している。
それもこれも僕の病気のせいなのだが、ソウルメイトだと思ってた友達を失うのは辛いことだ。
馬鹿なこともたくさんしたし、夜通しアニメについて語ったり、走る車の中で夜を明かしたり、朝靄の中のパーキングエリアで飲んだエナジードリンクとか、せっかく旅に出たのに、飯を食うのは安定のすき屋だったり、思い出すのも懐かしい。
孤独だった高校時代には考えられなかった「仲間」の存在は、本当に僕の中で大きなものになっていった。
こいつらとならなんだって出来ると思ったし、思いついたことは何でもやってきた。
あの当時、YouTubeが盛んだったら、間違いなくユーチューバーになってただろう。
それぐらい過激なこともやったし、痛い目も見た。
青春=ラクタリウスインディゴといっても過言ではないし、それだけ賭けてきたから、裏切られた時はショックだったなぁ。
今では大事な思い出の一つ一つで、単なるブログの一ネタに過ぎなくなっている。
去る者は追わず来る者は拒まずの精神で歩いていこう。
つまんなくなってしまったものに興味はない。唯一救いなのは、ラクタリウスインディゴのメンバーが過去の巡礼のことが楽しかったよねと振り返らないことだ。
常に向いているのは前で、大事なものだって糧にして前に進まなければならない。
面白いことは前にしか転がっていないし、後ろを振り返っても、美化させるばっかりで発展がない。
あの花の主人公たち超平和バスターズが、その後どうしたのかの方が、僕は気になる。
普通の物語でいい。劇的な事件の後に、彼らが何を思い、どう生きていくかを見てみたい。
僕は小説家を目指して執筆をつづけているが、世界を救ったり世界を壊したりする物語を書いてきたが、今は世界を救わないそれでも当事者にとっては大事件な小さな物語を書いてみたいと思っている。
そんな話に人気が出るはずもないが、自分の日記として執筆するこの日々は、あの頃には考えもつかない掛け替えのないものだ。
自分の身の周りを幸せにするくらい、小さな物語でいい。
自分の読んで見て聞いた物語を、自分の中で醸造して振り絞った乾坤一擲の物語が書けたら本望だと思う。
なんか、少し酒が入ったからか、恥ずかしい事を言っている気がする。
今日は兄の誕生日で、誕生日プレゼントに僕の好きなワインを送ったら、ちょっと一緒に呑もうと言われ、さっき少しだけ一緒に酒を呑んだ。
悪い兄ではないんだが、好い兄ではない。兄の彼女だって好きになれないけど、それでも自分の周りはそういう人たちで出来ていることを理解して、その中でどう生きていくか判断しなければならない。
つまんない生き方になっても、つまんない人間にはならないように、今日もこうしてブログに愚痴る柳であった。