どこにも載っけることの出来ない短編
『日本の朝御飯』
今日は早くに目が覚めた。
昨日、外の明かりを入れるために北側のカーテンを開けっぱなしにしていたからだ。
白らんだ空に起こされた。時刻は5時。朝食をとるにはまだ早い。
リビングに行き、ケトルでお湯を沸かす。時間つぶしにテレビをつけるが、ニュースは相変わらずの政治家のセクハラ問題でもちきりだ。
政治家はセクハラがあった事実は認めないものの職を辞していた。
ボーとそれを眺めていると、カチッとお湯を沸かすケトルのスイッチが切れた音がした。
インスタントコーヒーの粉末を、お気に入りのスターバックスの赤く少し小さいマグに入れる。
次いで同じ分量の粉ミルク。最後に計量スプーンで少し盛った砂糖を入れた。
アツアツのお湯をそこに注ぎ、コーヒーを入れていたスプーンでかき混ぜる。
溶け残りがないように、水面に渦が出来るように、ゆっくりと、時には上から下に、下から上にスプーンを回す。
コーヒーの粒が完全に溶け切って、流しでスプーンをすすいでから、一口飲む。
小さいマグなのでコーヒーは濃く、温度も適温だ。
朝の時間がない時に、アツアツのものを冷ます時間がもったいなくて、選んだこのマグは完璧に役割を果たしてくれる。
この味、この温度。口に広がるコーヒーの香りと、砂糖の糖分が頭を快活にさせる。
見てもどうせ明日には忘れてしまうテレビを眺めながら、最後の一口までそれを楽しんだ。
部屋に戻り、パソコンを開く。このところ執筆の調子がいい。
普段は言葉を選んだり、資料を探したりしていて、遅々として進まないが、新しく書き始めた物語は、次々と展開が頭に思いつく。
タイピングの調子もいい。テンポよく書き進められる。
小説をちゃんと書くようになって二年になるが、日に日に溜まっていく自分の書いた文字数に、よくもまぁここまで集中して続くものだと思った。
日に日に内容もよくなっている気がする。もうすぐ自分の作品を投稿するのに適した賞が見つかり、書き溜めていた短編集を応募するつもりだ。
好きなアーティストのアルバムをかける。一曲一曲に明確な個性のある、新世代のロックバンドは、その演奏も歌声もインスピレーションをビンビン刺激する。
やっぱり良いものを聴いていると、調子は上がっていく。その中の一曲を勝手に小説のOPにして、思いつくままに執筆をする。
物語に触れている時が、一番幸せな時だ。自分の人生には物語がどうしても必要だと思う。
それは小説を書いているからというわけではなく、血や心が望んでいるのだと思う。
幼いころからテレビにかじりついては、ゲームだのアニメだのにのめり込んだ。
自分でお金を稼げるようになってからは、興味の出た本を片っ端から買っては読んでいった。
当然年ごろで音楽にも今日には尽きず、特に好きなバンドミュージックは、気に入ったのを発掘しては、そのバンドの出しているアルバムを、これもまた片っ端から聴いた。
良いものに出会うと、ゾクッと体の中に衝撃が走り、鳥肌が立つ。
この衝動は自分が本当に望んでいたものに出会った時の証拠だと思っている。
見たことも聞いたこともないはずなのに、そう、これを待っていたんだっという気持ちが湧いてくるから。
驚きと刺激。それが高いところで昇華しているのを肌が教えてくれる。
時間は万人に等しく与えられすぎていく。純心な子供だって、年を重ねれば大人になり老いていく。
でも新しいものを生み出していくアーティストたちの感性はは瑞々しく、今もまだ変わらず成長していくようだった。
自分もそんな一人になりたいと思い、書いている。
あっという間に今日のノルマを超え、さらに書き進める。止まらない限り、時間が許す限り書いていたい。
パソコンに置いた手と、座りっぱなしで腰が痛くならないように体勢を変えながら書いていると、アルバムが一巡した。しつこいようにもう一度再生ボタンを押す。
このところこればっかり聴いている。他にも買ったアルバムはあったが、調子のいい今、違う感性を入れると、調子が崩れてしまうのではないかと思った。
止まったら死ぬマグロみたいに、創作の海を泳ぎ続ける。
アルバムがもう一巡して止まった。腹が減った。
コーヒーだけではエネルギーは完全に不足していた。腹が減ってくると頭も回らない。朝食をとることにした。
せっかく早起きしたのだから、何か自分にご褒美になるような朝食をとりたい。
車を出して、朝からやっているチェーンの定食屋へ向かう。道中の車の中でメニューを考える。
天気も良く、執筆の調子もよかったので、日本の朝ごはんの定番。焼き鮭とみそ汁と白米が食べれたらいいなと、定食屋の扉を開ける。
タッチパネルを操作して、朝食のメニューを開く。あった。焼き鮭とみそ汁、それに生卵と納豆のついている朝食セット。
少しの間、考え、お金を投入して食券を出した。
席について、水を持ってきた店員に食券を渡し、スマホでツイッターとまとめニュースを流し読みする。特に気になる記事はなかった。
少しの間を置き、店員が朝食セットを運んできた。そうそう、これこれ。
ふっくらと焼き上げられた焼き鮭は、普段食べない皮までパリパリに焼かれていて、食欲をそそった。
みそ汁は赤だし、生卵はすでに割ってあった。納豆には青ネギが、ご飯は艶やかで米が立っていた。
早速食べ始める。まずはみそ汁を一口。味は薄すぎず濃すぎず、具材もわかめと麩だけが適度に入っていた。
カラカラだった胃に熱いものが注がれる。食べる準備は出来た。
まず最初は焼き鮭を食べることにした。箸で皮を取ってから、少し多めに身をほぐし、骨がないことを確認して口に運ぶ。
少し焼き目のついたピンク色の鮭は、香ばしくおかずに適した塩味で、すぐにでも米が欲しくなる味だった。朝日で光る米を一口大でとり放り込む。
やっぱりこれが最高の食べ方なんだと納得の味がした。旨い。
そのままの勢いで鮭、米、鮭、米で食べ進め、米が最後の一口のところで身の部分が食べ終わった。
最後の一口のために残していた皮を箸で綺麗に折りたたんで、口に運ぶ。
思った通り、皮はパリパリの食感で、生臭さもなく、美味しく頂けた。骨だけを残し、最後のひとかけらまで堪能して、まだ腹は満たされていないので、米をお替りした。
セルフサービズで、自分の好きなだけの量をお替りできる。二杯くらい軽く食べれてしまいそうだったが、先のことを見越して少しだけ小盛に。
席に戻ると、次は卵かけご飯を食べることにした。どうしようかと考えたが、入れるのは黄身だけにした。あまりご飯がぐちゃぐちゃになるのは好みではない。
既に皿に割りいれられているので、黄身だけをすくうのは苦労したが、綺麗に茶碗に入れることが出来た。
醤油を少しだけかけて、黄身を潰して、ご飯にまんべんなく卵が染まるように混ぜる。米を潰さないように、あまり力は入れず、出来るだけ軽く混ぜることを心掛けた。
米が全部均等に黄色く染まると、それを箸に取る。狙い通り水分が少ないからか、卵かけご飯は容易に箸で持ち上げることが出来た。
味を想像して口へ。卵でコーティングされた米はさっきとは違った、濃厚な味を見せた。口いっぱいに卵のねっとりした味が広がる。
二、三口食べてから、添えてあった味乗りの封を切った。
何か旅館の朝食みたいだな、と思いながら海苔を口に入れて味を変えつつ、二杯目のご飯を平らげる。
まだいけるか。冒険の三杯目のお替り。流石に食べ過ぎかと思って、量は先ほどと変わらないか少し少ないかくらい。
最後に残った納豆を、糸が白くなるまで混ぜる。この間、テレビで見たことだが、納豆ご飯にするときは、アツアツのご飯だと、かけた納豆の納豆菌が熱で死んでしまい、せっかくの栄養素を上手く摂取できないそうだ。
このくらいでいいかなというくらいしっかり混ぜて、醤油を垂らしてから更に混ぜた。
納豆特有のにおいが鼻を刺激する。
出来上がった納豆をご飯にかける。引いた糸を処理して、いざ一口。
まずい。
ねちょねちょして歯触りの悪い食感に、染み出てくる太く遠慮のない味。
口に入れたことで鼻にまで匂いがまとわりつき、さっきまでの幸せな気分が一気に最悪になる。
一口食べて断念する。これは食べるべきものではなかった。
残っていたみそ汁で洗い流しても、粘り気は取れず口に残っていたので、焼き鮭についていた絞らなかったレモンを齧る。
少しだけ気分がましになり、お冷を飲んで店を出た。
小説家を目指しているなら、何事も体験だと思った。学んで損になることはない。こうしてこんな朝のひと時を気まぐれに綴ったりできるのだから。
早く起きた分、今日は長い。今日も僕は小説を書く。自分の中に生まれたアーティストの欠片をくだらないと言ってなかったことにしないように。